ぼくの考える生活期リハビリテーション ~やっぱマチ創り、いるっしょ~

ボクが生活期リハビリテーションとはなんぞや?と考えるとき、それは「マチづくり」と切っても切れないといつも思います。

それは地域でのリハビリテーションに携わるようになって初めて意識し始めたと思います。

 

リハビリテーションって何だろう?

 

一般的には「re(再び)+habiris(適した状態)」とか「全人的復権」とか「その人らしい生活を取り戻す」とか言われてると思います。

 

「再び適した状態にする」…

 

でもある人が障害を抱えてリハビリテーションを受けるとき、その人が元いた状態や生活がそもそも「適した状態」だったのだろうか?

 

「適した状態」って何?

 

「その人らしい生活」って何?

 

ボクたちはリハビリテーションを語るとき当たり前のように上記の言葉を使うけど、患者さんに聞く前に、そもそも自分自身「適した状態」にいる? 「自分らしい生活」してる?

 

ボクはもちろん即答できないし、強いて言うなら「その状態になれるように行動している最中だ」としか答えられない。

 

もちろん自分らしい生活を送っていた(と少なくとも客観的にはそう見える)人もいると思います。

 

分かりやすい例で言えばスポーツの分野でしょうか。野球部でピッチャーをやっている高校生が肩を痛めてリハビリテーションを受ける。この場合この高校生にとって再び大好きな野球の現場に戻ることは彼にとって適した状態、彼らしい生活に戻ると言えそうです。

 

この場合のリハビリテーションは理学療法士が得意とするいわゆる「機能改善」が主となるのでしょう。

 

しかしこの場合でもこの高校生が事故で脊損になり車いす生活を余儀なくされたらどうでしょうか。

 

この場合、この高校生にとっての「適した状態」とは?

 

「身体機能的に適した状態」というのはあくまでもその一部に過ぎないと思います。

 

この段階ではこの高校生本人にとっても、セラピストにとっても「適した状態」「彼らしい生活」が何なのかは分からないはずです。

 

これはちょうど「何が好きか分からない」「何が得意か分からない」「何を生業とし、どうやって生きて行ったらよいか分からない」という、一般的な人がふつうに抱く疑問と同じ状態です。

 

であれば彼にとっての「適した状態」「彼らしい生活」とはすでにあるものではなく、これから探していくものなのでしょう。

 

そういう視点に立った時、いわゆる健常者と障害者はともに自分を生かしたLifeを模索する、という点で大きな違いはないように思います。

 

皆、模索しながら生きていると思います。

 

そしてそれを模索するうえで、マチづくりが重要になると思うのです。

 

現代はテクノロジーの発達により障害をもっていても社会に参加、活躍できるようになりました。

 

足が悪くても手が動けばパソコンができるし、手がだめでも発話でタイピングできる技術がありますし、これがもっと進めば頭で考えただけでタイピングできる時代もくるかもしれません。

 

そしてスマホなどのテクノロジーの発展を背景にFacebookやTwitterなどのSNSが人と人とのつながりを進化させました。

 

そういった時代になったことにより、障害を抱えていても自分を満たす生活を手に入れられる可能性が格段に上がったと言えるでしょう。

 

正確にいうならば、「材料はある」「土壌はある」といった状態でしょうか。

 

その土壌を障害を持った方たちにいかにフィットさせていくか、つまり「適した状態」「その人らしい生活」が得られるようにアートしていくか。

 

そう、「アートしていく」感じなのだと思います。

 

そう考えると生活期のリハビリテーションを考える上ではリハビリセラピストだけでは到底成し得ない概念だということになります。

 

リハビリテーション×テクノロジー

リハビリテーション×デザイン

リハビリテーション×建築

リハビリテーション×音楽

リハビリテーション×自然

リハビリテーション× 〇〇

 

この〇〇にたくさん入れば入るほど可能性は広がるのだと思います。

 

そういうことを考えたとき、いわゆるリハビリセラピストは何をしていくべきなんだろう。

 

理学療法士として自分は何をやっていきたいんだろう。

 

絶賛、模索中です!! ww

 

★★★

なんでこういう風に考えるようになったかと言えば、やはりリハビリのモチベーションが上がらない方に接する機会が多いのですが、これはそもそもその方に「戻りたい生活がない」ということが多いと痛感しています。

 

元の生活がつまらないから、つまらない生活に戻るためにリハビリを頑張れるか?っていう話です。

 

だからその元の生活、その人がいるマチを含めて変えていかないとダメでしょ、っていう考えです。

 

じゃあどういうマチをつくればまた「戻りたい」って思えるのか。

 

仲間とともに考えながら創っていきたい。

 

これから先、自分が障害を負うことになったとしても、まだ生きててもいいかなって思えるような、希望のある社会にしておきたい。

 

そんな感じです。

 

ちなみにイメージのひとつはこんな感じ↓↓

http://www.swc.jp/about/

「スマートウェルネスシティ」

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